『くノ一物語』第二章 忍び働きの巻  二、城勤め

 真由の黒鷹城入りは、午後からだった。
 これは、前もって城側と打ち合わせていたことであろう。
 農家の女房に連れられて、真由は城へ向かった。お供は伍平である。
 こういう役目の女は、その村の有力な農家の嫁であることが多い。
 城までは、それほど遠い距離ではない。
 田畑の間を抜けた、小高い所に城はあった。
 城といっても、何層にもなった立派な代物ではなく、大きな屋敷といった所である。
 それでも、石垣を積んだ上に建てられており、大きな門もある。
 砦よりも大規模な点が、唯一、城の所以である。
 真由たち一行は、伍平だけ門の外へ留め置かれたが、城中へ招き入れられた。
 同僚となる女たちに顔合わせした後、真由は部屋へ案内された。
 三人同室となる部屋で、それなりの広さがある。
 真由を案内してくれた二人が、同室の女たちである。
 城内に勤めている女たちは五人いて、皆若い。
 真由たち三人の他は、先輩格の女と侍女頭であり、別に部屋を持っている。
 真由は、荷物の整理が終わらないうちに呼ばれて、部屋を出た。
 側室へ挨拶に伺うとのことである。
 側室の部屋には、他の侍女たちも集まっていた。
 真由を案内してきた女も中へ入って座り、真由だけ入り口に座らされた。
「かねてより依頼しておいた女子が参りました。真由と申します」
 侍女頭が、お恵の方に進言する。
 真由はぎごちなく両手を前について、頭を下げた。
「真由でございます。よろしくお願い致します」
「よう参られた。皆とも仲良うして、勤めに励むように」
 真由は側室というのは、もっと弱々しい感じだと思い描いていた。
 年こそ二十二、三のようだが、お恵の方はハキハキしている。
「お館さまは夕刻戻ります。その時に引き合わせましょう」
 簡単な顔合わせだけで、真由は部屋へ戻された。
 部屋での荷物整理がすむと、同室の女たちが、真由に挨拶の仕方を教えてくれた。
 あまりにも、ぎごちなかったのであろう。
「あとは、おいおいと身につけていけばいいわ」
 夕刻になり、真由たちは酒肴の膳を運んでいる。
 陽は落ちて、もう薄暗くなっている。酒肴と共に燭台も灯された。
 弾正は湯浴みを済ませた所だろう。小ざっぱりとした身なりである。
「お館さま、本日より勤めまする女子にございます」
 お恵の方が弾正に告げた。
「真由、お館さまじゃ」
 引き合わせるといっても、一介の侍女では、こんな場が相当なのだろう。
 真由は板の間に正座し、両手をついて頭を下げた。
「真由にございます。お見知りおきのほどを」
「うむ、まゆ?と申すか、良い名じゃ。年はいくつになる?」
「十七才でございます」
 お恵の方の眼がキラリと光った。
「もう良い、お下がり」
 酒肴を運んできた他の女たちと一緒に、真由は部屋を出ていく。
 その後ろ姿を弾正は、嘗めるように見つめている。上から下まで。
 侍女たちの姿が消えると、お恵の方が弾正をたしなめるように言った。
「お館さま、変な気を起こしてはなりませぬ。今は大事な時期でございます。
 女子にうつつを抜かす暇はありませぬぞ」
「わ、解かっておる」
 弾正は凶暴な顔をさらに歪めて、苦々しげに答えている。
 弾正にとって、家臣や配下の者は虫けら同然である。
 それでも、お恵の方だけは、一目置いているようだ。
 お恵の方は、兄と共に忍びとして仕えた身である。
 戦さの巻き添えで親を失った、勘十とめぐみの幼い兄妹は、忍びの一族に育てられ、立派に成長していった。忍びの一族が散り散りになった後、兄妹は弾正と出会い、その野望を助けるようになっていた。
 弾正は力だけで勢力を拡げ、勘十は功績を認められて士分に取り立てられた。
 兄は村瀬勘十郎繁正の名を貰い、妹は側室お恵の方となっていた。
 駆け出しの頃からの腹心である兄妹には、さすがの弾正も心を開いている。
 とくにお恵の方には、「めぐみ」とか「めぐ」等、誰はばからず、昔の名前で呼びかけているくらいである。
「わしは今に飛騨一円を制圧してみせる」
 弾正の野望は尽きることなく、常に機を窺っていた。
「それよりもめぐ、何か面白い話はないか?」
 弾正は酒の肴に、お恵の方の話を好んで求める。
 お恵の方も、配下の忍びたちの情報でもあるのか、色んな話を面白おかしく語って聞かせるのに長けている。
 どこかの城が落ちた時、姫君が嬲り殺しにされたとか、残忍な弾正が好むツボを心得ているからである。今日もそれを求めているのだ。
「それじゃあ、わたしの修行時代のお話をしましょうか・・・」
「修行時代? 忍びのか? そんな話は面白くもあるまい」
 お恵の方の顔を覗き込んでいた弾正は、ガッカリした表情になった。
「さようでございますか。素っ裸にされて、あらゆる責めを何日にも亙って加えられる話なんですけど・・・。わたしも羞ずかしいし、やっぱりやめておきましょう」
「そ、そんな修行があるのか? 詳しく聞かせろ!」
 一転して、弾正の眼がギラギラ輝いている。
「でも、わたしも何だか羞ずかしくなってきましたし・・・」
「かまわん、早く聞かせろ」
 弾正はもう聞かずにいられない。
 この辺りの話の切り出し方が、お恵の方は絶妙なので、弾正を惹きつけて離さないのだろう。
「わたしたち女子は、捕らえられれば必ず、辱めを受けます」
「うむ」
「大概の拷問なら、気力で立ち向かえますが、こればっかりは・・・。気が動転してしまい、耐え抜く気力も萎えてしまいます」
「それで体験しておく、ということか?」
「はい、あらゆる形で吊るされ、ムチ打たれ、石も抱かされます。海老責め木馬責めも総て、丸裸に剥かれて味わうことになります」
「うむ、うむ、それで?」
「本物の拷問とは違いますので、肌が破れるような責め方はされませんが、全身がミミズ腫れになる位までは責められます。その上もっと羞ずかしい思いも・・・」
「うむ、それは?」
 弾正はますます身を乗り出してくる。
「お、お洩らしをするまで、責め続けられることでございます・・・」
「お洩らし? 小便か?」
「は、はい、いやですわ、お館さま・・・」
 お恵の方は殊勝にも、羞じらいを見せている。
「吊るしや石抱きなら知っておるが、木馬責めとは?」
「女子を拷問するための責め、と聞いております」
「それはどんな責めじゃ、話してみろ」
 弾正の眼は、ますます輝きを増している。
「はい、ガッシリした架台の上に、三角柱を横にして乗せた道具を用います」
「うむ、うむ」
「まさに木馬でございますが、背中が三角に鋭く尖っていますので、三角木馬と呼んでいます」
「その上に女を跨がらせるのか?」
「は、はい・・・、女子にはそれだけでも辛い責めでございます」
「うーむ・・・」
 弾正は頭の中で、その情景を思い浮かべている。
「ジッとしているだけでも辛いのに、さらに責めは加えられます。足首に重石を吊るされてムチで打たれたり、体を揺さぶられたりと・・・」
「めぐもその責めにかけられたのじゃな?」
「はい、何度も・・・、最後は死ぬかと思いました」
 お恵の方は、弾正の嗜虐欲をさらに煽る。
「これで最後、という責めが木馬責めでございました。三角木馬の上に拘束されたまま、置き去りにされてしまって・・・」
「置き去り?」
「はい、自ら脱出せよとのことでございます。確かに縄目は甘かったのですが、木馬責めを耐え忍ぶのは、動かずにジッとしていることだけが、唯一の方法でございます。それが縄抜けのため、悶えなければならないのですから・・・」
「それですぐに脱出できたのか?」
「いいえ、それはもう・・・、絶望感に打ちひしがれて、何度諦めかけたことでございましょう。
 それでも誰も助けてはくれないのです。夜叉になったような気持ちで、縄目と格闘を続けたのでございます」
「なかなか厳しいものだな」
「普段なら何でもない縛しめなのですが、木馬の上でございます、それはもう・・・。何とか縄目を外せた時は、二刻くらいは経っていたと思います」
「その姿、わしも見たかったのう。ふふふ」
「あれ、お館さま、人の気も知らないで。死ぬほど辛かったのでございますよ」
 お恵の方は、弾正の肩にしなだれかかった。
 こうして夜も更けていく。

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