『くノ一物語』第二章 忍び働きの巻 六、救出

 黒鷹城は山間いに造られてあり、あまり堅固な城ではない。
 むしろ、砦といった方がふさわしい位である。
 波多野弾正は、将来この地を制圧した時、出城とするつもりなのであろう。
 それだけに防御にはあまり力を入れていないし、その必要性も少ない。
 だいいち三方が山に囲まれているし、後方から攻めるには動きが取り難い。
 大軍ではやはり、正面から突撃するしかないのだ。
 それに今の弾正には、何万という大軍に囲まれることを想定する必要もない。
 最近名を上げてきたとはいえ、列強たちが警戒心を持つ程の器量には、至っていないからである。それだからこそ弾正も、間隙を縫ってしたたかに勢力を伸ばしてこれたのだ。
 霧の小十郎たち一行は、黒鷹城のすぐ近くにまで来ていた。
 城の後方の山の、林の中に潜んでいた。薄霧の中、小十郎たちは侵入の機会をうかがっている。雲行きも悪くなってきた。
「どうする小十郎、あんな塀ぐらい乗り越えるのは簡単だが・・・。夜まで待つのか?」
 土竜の源助が、少しイラつきながら聞いた。
「いや、あと四半刻(30分)もすれば、雨が降る。どしゃ降りのな」
「どしゃ降り?」
 今度は伍平が話を遮った。
「うむ、どしゃ降りとなれば、城兵たちも慌てふためくだろう」
「・・・・」
「その時、我々も傭兵のようなふりをして、慌てふためいて大門を走り抜ければよい。門の近くまで行っておこう」
 四人は釈然としないまま、小十郎に従った。
「あれを見ろ、大門を開けて荷車が出入りしている。普段顔を見ない奴もいるだろう。大雨の中では、我々も怪しまれずにすむ」
「しかし、そううまくどしゃ降りになるのか? 雲行きは悪いけど」
「うむ、間違いない。もう少し待ってみよう」
 しかし、それ程待つまでもなく、大粒の雨がポタリ、ポタリと落ち始めた。
「やっ、降ってきたぞ」
 天を見上げると真っ黒い雲が、空一面を覆うように広がっている。
 あっという間に、どしゃ降りに変わっていった。
「今だ! 駆け込むぞ!」
 小十郎の合図に、皆一斉に走りだした。
「おーい、雨だ、雨だ! 荷物を片付けろ!」
 小十郎を先頭に皆、頭に手を当てて、慌てふためいて大門の中へ入っていく。
 門の中でも、荷運びをしていた傭兵たちが、右往左往している。
「早く蔵の中に入れろ!」
「いや、それじゃあ間に合わん。軒下に運べ!」
 もう誰も、他人の事などに構ってはいられない。
 小十郎たち五人は、造作もなく床下に入り込み、真ん中に集結していた。
「しかし、うまい具合にどしゃ降りになったもんじゃ」
「どうして解ったんだ?」
 源助も伍平も唖然としている。
「ふっきりてっきり、たっきりふっきり、さ」
 小十郎は涼しい顔で答えた。
「何じゃ? それは・・・」
「降るような霧は照ることを示し、立ち昇るような霧は雨を呼ぶ」
「・・・・」
「それに風の流れ、空気の冷たさが、どしゃ降りを示していた」
 これらは小十郎の探究心が、身につけさせたものである。
 外の慌てふためいていた喧騒も、収拾がついたのか、大分静かになっている。
「明朝、日が昇らぬうちに煙を熾す」
「うむ・・・」
「ここに穴を掘って、藁や枯れ葉を燃やす。その上に、濡れた藁縄や枯れ葉を乗せて
 覆いつくす」
 事前に話していた事だが、あらためて小十郎は説明している。
「上にかぶせた濡れ落ち葉は、下の方から乾いていく。そして火がつく。だが、パッと燃え上がることなく燻り続ける、という訳だ」
「床下一面を、煙の海にしておくのだな?」
「うむ、できるだけ煙を外に出さぬよう、手分けして防いでくれ」
 五人は額を集めている。
「そして、もう防ぎようがなくなった時、煙と共に外に出て、騒ぎを起こしてくれ」
「その為には、枯れ葉や藁くずがもっといる。夜になったら集めておこう」
「うむ、ここだったらいくらでも手に入る」
「城内が騒がしくなったら、火矢が何本か撃ち込まれる。それが戦さの合図じゃ。
 後は喧騒に紛れて脱出してくれ。我々の仕事はそこまでだ。俺は真由を救出して戻る」
「しかし、一人で大丈夫か?」
「かえって一人の方が目立ち難い」
「だが、真由は無事だろうか?」
「多分大丈夫だろう。何かを聞き出すまでは、簡単に命を奪う事はなかろう」
 小十郎も確信はなかった。しかし仲間たちに不安を与えてはまずい。
「それでは夜まで休息しておこう」
 五人は、それぞれ横になった。
 休息といっても、眠り込む訳ではない。いくら忍びといっても、敵の懐に潜入して眠り込む程、神経は図太くない。むしろ繊細なのだ。
 体を横たえ眼を閉じ、耳だけ研ぎ澄ましてジッとしておく。
 通常では、起きているだけでも体力を消耗する。できるだけ体力を消耗させないで、時を過ごすことが休息であった。
 活動の時がきた。
 穴掘りは、土竜の源助がお手の物である。
 伍平が穴の底によく乾いた藁縄を置いて、火をつけた。
 その上に、これもよく乾いた枯れ葉を、どんどん乗せていく。
 更にその上から、濡れた枯れ葉を乗せればよい。だがその加減が難しい。
 小十郎の出番である。
 あまり性急にやると、火が消えてしまう。
 かといって大きく炎は上げられない。
 小十郎は火の広がりを確認しながら、濡れた枯れ葉を次々と乗せていく。
 そして火元が判らない位までになった時、ありったけの枯れ葉を乗せた。
「これでよい。もう火は消えることはない」
 しばらくすると、下に火があるとは思えない濡れ落ち葉の隙間から、煙が上がり始めた。
 その煙を確認すると、水を吸わせたムシロで、枯れ葉を覆い隠すように乗せた。
「これで枯れ葉がなくなるまで、燻り続ける。山火事と同じだ」
 ここまで来ると、後は計画通りである。
 城内が騒然となった時、火矢が撃ち込まれた。
「やや? やはり敵襲か!」
 物見櫓に上がっている兵からも、その事を告げられている。
 牢の中にも煙は流れ込んできた。
(何事かしら? 外が騒がしいようだけど・・・)
 もとより、真由には事情が判らない。
 牢のある部屋全体に、煙は充満してきた。
(お城が燃えている?)
 そう感じとった真由の目に、不安がよぎった。まともに動けないのだ。
 その時、納戸の出入り口から小十郎が入ってきた。
「真由、大丈夫か?」
 煙で顔は判らないが、声で解った。
「あっ、小十郎さま! 真由は大丈夫です」
 不安そうだった真由の顔が、パッと明るくなった。
 小十郎は、南京錠の留め金に小柄を打ち込み、釘ごと引き抜いた。
 そして牢の戸を開け、素早く中へ入った。
「動けるか?」
「はい、でも脚が・・・、ゴホッ、ゴホッ」
「脚が効かないのか? よし」
 小十郎は真由を引きずるように、牢の外へ連れ出した。
「俺の背中へ乗れ」
 小十郎も腹這いになり、真由を背中に乗せた。
「これは煙だ、心配ない。煙は上の方を流れるからな」
 小十郎は真由を背中に乗せたまま、匍匐前進を始めた。
 納戸の扉が開いている分、煙の流れは速い。
 床を這っている二人は煙を吸うこともなく、出口に達した。
 この辺りはひっそりしている。
 それでも、真由を背負って塀に向かう小十郎には、油断はできない。
 充分に周りを警戒しながら、塀際までやってきた。
 塀には太い丸太が、立て掛けてある。
 小十郎が事前に準備しておいた物である。
 このくらいの塀なら、小十郎では軽々と乗り越えられる。
 だが真由を背負っている。丸太を途中の足掛かりにして、跳び上がるつもりだろう。
「真由、しっかりとしがみついておけ」
 小十郎は少し勢いをつけて、丸太の頭を蹴り、跳び上がった。
 小十郎の体は真由と共に、塀の上の瓦に乗っていた。
 遠くの方から、刀を打ち合う音や、鬨の声が響いてくる。
「もう戦さは始まっているな。我々は悠々と引き上げるか」
「小十郎さまは、参加しなくてもよいのですか?」
「我らの仕事はここまでだ。戦さは侍の仕事さ。あの林の中へ入ってしまえば、
 もう安心だ」
 小十郎は真由を背負ったまま、苦も無く塀を降り、林の中へ消えた。
 人ひとり背負っているとは思えない程、小十郎の足取りはしっかりしている。
 険しい林を登り続けて、なだらかな所へ出た時、やっと一息つけた。
「もうここまで来れば、何も心配はない」
「ご面倒かけてすみません」
「なあに気にするな。それよりも足腰が立たないとは、木馬にでも乗せられたのか?」
「はい・・・」
 そう返事をして、真由はハッとなった。
「いやっ、小十郎さま、変なこと想像しては・・・」
「そういえば、幻舟斎先生の所での真由は、可愛いかったなあ」
「小十郎さまのバカ、バカ・・・」
 真由は顔を真っ赤にして、こぶしを小十郎の肩にぶつけた。
 でも、こぶしには力が入っていない。
「ははは、それじゃあ少し急ぐぞ。しっかり掴まっておけよ」
 小十郎は、真由を抱えている太腿ごと、揺すり上げた。
 真由も、首に回している両腕を、さらに深く絡み合わせた。
 真由は、この時間がいつまでも続いてほしいと思う位、幸せな気分になっていた。
 股間にはまだ、木馬責めで傷ついたズキズキする痛みが、残っているというのに。
 その幸せな気分をもたらしてくれるのは、小十郎の背中に密着している乳房の
 先端から受ける、甘い感触によるものだと、真由はまだ気がついていなかった。

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