『くノ一物語』第二章 忍び働きの巻 七、復讐

 蒼月城に一室を与えられて、真由は休養していた。
 初夏の花が咲き乱れた庭を、ボンヤリと眺めている。
(わたしがこんな立派なお部屋を使っていいのかしら………)
 この部屋は、城内で具合が悪くなった者を、休養させるために使われている部屋だという。
 その部屋を小十郎が確保してくれたのである。
 今回の戦さの最大の功労者は真由である、と小十郎は思っている。
 その真由が、敵の手によって傷ついたのである。
 最大の配慮をもって療養させてやるのが当然、ということだろう。
 昨日担ぎ込まれた時の真由は、まともに歩けなかった。
 そんな真由の肩口の傷へは、小十郎が薬草を貼ってやった。
 もう一ヶ所、ひどく傷ついている所があるのだが、真由の口からは言えない。
 その傷ついた所は、厠を使うたびに切ない思いをさせられている。
 傷口にしみるのだ。
 昨日は厠へ行くのにも、壁や障子を伝い歩きしなければならなかったが、今日は何とか自力で歩ける。それでも木馬責めで傷ついた所にしみることは、前日と全く変わりはない。
 しばらくは悩ましい日が続くだろう。
 城には小十郎と伍平だけが残り、他の三人は里へ戻ってもういない。
 食事の世話は伍平がしてくれている。
 もしかしたら、伍平はそのために残ってくれているのかもしれない。
 そう考えると真由は、申し訳ない気持ちになった。
 そんな所に伍平がやってきた。
「真由さん、もうだいぶ動けるようになったようだね」
「あっ伍平さん、お蔭さまでもうすっかり良くなりました」
 伍平は時々、様子を見にやってくるのだ。
「お世話をかけて申し訳ありません。伍平さん、わたしのために残ってくれているのでは………」
「そんなこと気にしなくてもいいさ。自分たちの仲間を守るのは当たり前だから」
 真由は嬉しかった。自分が一人前と認められたのだから。
「小十郎はこの先のこともあって、しばらく城を離れられんじゃろう。わしはそろそろ退散するが、真由さんは小十郎と共にすればよい」
「はい」
「それはそうと、黒鷹城で捕らえた者の中に、お方様と呼ばれる女子がいたということじゃ」
「えっ? それは、お恵の方では?………」
「うむ、そう呼ばれておる」
 戦さの顛末は、真由も聞いていた。
 兵力を互角とみて、城から討って出た波多野勢だが、背後から別働隊に挟み撃ちにされてはたまらない。
 あっという間に壊滅状態になり、主だった武将たちは敗走した。
 弾正をはじめ、武将たちを討ち取れなかったのは、やはり鉄砲の威力に負う所が大きいようだ。
 それでも、鉄砲も戦利品として、手に入れることができた。
 一番大きな戦果は、無傷の黒鷹城であった。
 通常落ち延びる時は、城方で火を放つものである。
 それが今回は「城はもう燃えている」と思ったのであろう。
 真由は女たちの動向が気になっていたが、伍平の話では無事らしい。
 側室以外の他の女たちは、軽い取り調べの後、親元に送り返されたようである。
 だが、お恵の方だけは、蒼月城へ引き立てられて取り調べ中、とのことであった。
「そのお恵の方じゃが、くノ一だそうな」
「そうです。兄と一緒に忍びとして仕えていたのです」
「それなら取り調べも、一筋縄ではいくまいのう。状況を聞いてみよう」
 伍平は立ち去っていった。
(あの、お恵の方が囚われの身に………)
 真由はお恵の方の名を聞くだけで、怒りがこみあげてくる。
 見世物にするために、自分を嬲り責めにした女が許せないのだ。
 忍びであったことが発覚したとなれば、たとえ側室であっても、容赦のない峻烈な責め問いが行われるに違いない。
 真由は、お恵の方の拷問姿を想像した。
 三角木馬の上に全裸を晒して、苦しみ悶える姿を。
(思い知るがよい………)
 しばらくして伍平が戻ってきた。
 伍平がもたらした情報は、意外なものだった。
 お恵の方は簡単な口頭尋問だけで、磔に架けられることになったという。
 ここより三里(約10Km)ほど離れた山の、中腹にある広っぱで処刑されるらしい。
「そうですか………」
 真由は、何か割り切れない気持ちだった。
「口を割らせるよりも、別の効果を狙ったのではないかな」
「別の効果?」
「うむ、刑場まで素っ裸にして引き廻しにかけるそうな。あちこちに高札を立てると言っておったから、波多野方の手の者を、おびき出そうという魂胆じゃろう」
「救出の手は現われるかしら?」
「おそらく見殺しにするじゃろう。波多野方でも、狙いは解っておるはずじゃ。それを承知での余力はあるまい」
「引き廻し………」
 真由は何かを思いついたようである。
「伍平さん、大工仕事は得意でしょうか?」
「うん? まあ大概のことなら自分でできるが………、それが?」
「じゃあ、こういうのを作ってもらえませんか?」
 真由は文机に向かうために、立ち上がった。
 その時、また股間に痛みが走る。それを伍平に覚られないように、真由は机に向かった。
 真由は紙に、何か図形のような物を描いて、伍平にかざした。
「どれどれ、大八車を継ぎ足して、車輪を四つにするのじゃな。その上に………、ふーむ………、適当な木片を集めて作ってみよう」
 何とかできそうな素振りである。
「お恵の方には怨みがあります。このまま見過ごすわけにはいきません」
 真由の意外な迫力に、伍平は少し驚いていた。
 翌朝、真由の目覚めはさわやかだった。
 もう、脚や筋肉の張りは完全に消えていた。
 それでも、木馬責めの傷口だけはズキズキと痛む。
 そのことは厠で、あらためて思い知らされていた。
(あっ、イ、イタ………、あーっ!………)
 真由は声こそあげていないが、眉をしかめ、落とし口を跨いだ尻が悶えている。
 開いたヒザを時々絞るようにして、チョロチョロと排尿している。
 一気に放出するのが辛いのである。
 こんなみじめな状態を、誰にも覚られたくない。この思いはずっと続いている。
 その分、お恵の方に対する怒りがつのっていく。
 しばらく経つと、伍平が食事を運んできてくれた。
「伍平さん、いつまでもお世話かけてすみません」
「なあに………、真由さんの注文した物、庭の入り口の所に置いてある。あまり良い出来栄えではないけれど………。一応、見ておくか?」
「ありがとう、伍平さん」
 真由は伍平の後ろについて、庭の入り口に向かった。
 そこには、三角木馬を乗せた大八車が、どっしりと構えていた。
 有り合わせの木で組み立てたのだろう。三角の責め木部分は当然、板を張り付けた物である。角度は少し緩やかだが、それでも頂点は尖っている。
 真由は責め木の部分を掴んで、少し揺さぶってみた。
 ビクともしない。
「ありがとう伍平さん、これで少しは怨みが晴らせます」
 真由の表情は、生き生きと輝いていた。