『くノ一物語』第二章 忍び働きの巻 八、引き廻し

 陽が充分に昇ってから、引き廻しは始まった。
 腰巻きも剥がされた素っ裸を、後ろ手高手小手に縛しめられたお恵の方が肩を小突かれながら、門の方にやってくるのが見えた。
 舌を噛ませないように、口には竹筒のハミが掛けられている。
 首の下と腹部に菱形を描く高手小手縛りは、絞り縄のせいもあって、乳房のふくらみを強調するかのようである。
 明るい陽射しの中に真っ白い裸体を晒しては、さすがのお恵の方も羞ずかしいのだろう、前かがみになってヨチヨチ歩いている。
 太腿を開かないように、膝から下だけを動かしているのだから、歩みは遅い。
「えーいっ! キリキリ歩め!」
 意地悪な追っ手に肩を小突かれ、その都度ヨロヨロと進むお恵の方。
 何度も肩を小突かれ、やっと城門に差し掛かった時、そこには真由が待っていた。
 灰色の忍び装束姿は、初めての身なりである。
「そんなに遅い歩みだと、日が暮れます。わたしが馬で挽きましょう」
 真由が城門の外を指差した。
 その先には、伍平が作った台車付きの三角木馬が、待機させられていた。
「おお、なるほど、これは良い」
 お恵の方のすぐ後ろにいる、騎馬姿の武将が声をあげた。
 今回の指揮官であろうか、やはり遅い歩みを気にしていたようである。
 馬に挽かれて台車が、行列の先頭に据えられた。
「その女を馬に乗せてやれ!」
 指揮官に命令され、足軽たちがお恵の方を抱えあげる。
 お恵の方は両脚を左右から開きぎみに掴まれ、三角木馬の上に運ばれた。
 三角木馬は台車の上だけに、本物の馬と同じ位の高さにある。
 まさに馬上での引き廻しとなる。
「うっ、うーっ・・・」
 まさか、この期に及んで三角木馬に跨ろうとは、お恵の方は夢にも思っていなかったであろう。
 両足首はすぐに縄を巻かれ、台車につなぎ留められた。
 後ろ手縛りの縄尻と、胸縄につけられた縄は、三角木馬の前後に固定された。
 これで前後にも左右にも、転げ落ちることはない。
「出発!」
 指揮官の合図に押されて、真由は馬を進めさせた。
 必然的に大八車の三角木馬も進行する。
 路面は必ずしも平らではない。水溜りになる窪みもある。
 その窪みに入るたびに、お恵の方は悶えた。
「うっ、うっ、むーっ・・・」
 真由は時々、後ろを振り返った。
 そこにはお恵の方のあえぐ顔がある。もうあの怜悧な表情はなかった。
 全身を硬直させて、太腿で挟みつける姿は、ただの哀れな女だった。
 本物の馬とはいえ、跨っている真由の股間の傷口にも、木馬責めが蘇っている。
 真由には、今のお恵の方の辛さが、いやというほど解る。
「思い知るがよい・・・」
 真由は心を鬼にして、小さくつぶやいた。
 お恵の方の後方左右には、縄尻をとっていた足軽がついている。
 大八車が転倒しないように、との配慮であろう。
 そのすぐ後ろには、指揮を採る騎馬の武将。更に続いて、槍を持った兵隊たちが
 二十名くらい従っている。
 罪人の引き廻しと違って、捨て札などは掲げていない。
 前日のうちに、高札を要所要所に立ててあるので必要もない。
 襲撃の惧れがあるというのに、意外と人数が少ないのは、各所に鉄砲が配備されているからである。小十郎もその中に入って、警戒に当たっている。
 そんな中を引き廻しの一行は進んでいく。
 城の周りの道は、よく手入れされていてまだ良かった。
 それが田畑の広がる当たりに来ると、道はでこぼこになっている。小石がゴロゴロ出ているし、林に連なっている所は、木の根が浮き出ている所もある。
 道が悪ければ悪いほど、お恵の方は辛い思いをさせられることになる。
 大八車は左右に揺れ、車輪が小石を乗り越えるたび衝撃を与える。
 その苦悩する姿は、真後ろにいる者にはよく判る。
 お恵の方の尻はピクピクと震え、太腿は痙攣するように突っ張る。
 本能的に縄目から逃れようとするのだろう、手の指を開いたり、握り締めたりしながら、括り合わされた手首を捩っている。
 それでも悲鳴をあげないのは、やはりくノ一の意地であろうか。
 畑では百姓たちがあちこちで鍬を振るっていた。
「おーい、来たぞーっ!」
 誰かが叫ぶと、百姓たちは鍬を置いて、三々五々集まってくる。
 道から一段低くなっている畑の中で、十人、二十人と集団ができた。
「本当に素っ裸だ。白い肌だべえ」
 引き廻しの一行はまだ遠くにあり、何かに乗せられている女が素っ裸であることだけが判る。
 行列が近くになっても、皆、お恵の方だけを見ている。
「あんなもんに跨らされていらあ」
「あんなに尖って痛くねえのかなあ」
「バカ、痛えにきまってるだろがあ」
「そんでも、女があんな物に跨らされちゃあ、たまんねえだろなあ」
 百姓の女房に声を掛けるやつがいる。
 その若い女房は、陽に灼けた顔を更に赤くして下を向いた。自分が晒し者にされているような気持ちになったのだろう。
 こんな山奥の百姓にとって、娯楽といえるものは殆どない。
 引き廻しなどは格好の見世物であった。それも、若くて美しい女の素っ裸である。
 男たちが皆、興奮するのも無理はないだろう。
「うちのかかアのやつも、あんな折檻してやっかな」
「おめえのかかアだったら、かえってヨガるんじゃねえのか?」
「あはは、違えねえ」
 百姓たちの無責任な会話も、お恵の方の耳には届かない。
 お恵の方はひたすら、三角木馬の苦痛と闘うだけで精一杯だった。
 口にハミを掛けられていなかったら、舌を噛み切っていたかも知れない。
 お恵の方の今は、地獄の苦しみだけだった。
 時々振り返ってみる真由の眼にも、お恵の方の表情が弱々しく見えだした。
 木馬の胴を挟みつけている太腿は、赤く染まっている。軟らかい粘膜が裂けたのだろう。
 山の麓に差しかかった時には、もう百姓たちの姿も見えない。
 山を登り始めた時には、お恵の方の全身の力が緩んでいた。ガックリと首を垂れているが、それでも時々動いているのは、気を失っていないのであろう。
 極限の苦しみの先はどうなっているのか? 真由は少し恐ろしくなった。
 一刻半(三時間)かけて広っぱに到着した時は、陽はもう中天にあった。
 広っぱは山崩れでもあったのか、山肌が剥き出しになっている。
 その崩れた跡を、地ならしでもしたのだろう。処刑場には丁度良い。
 もう何度も使われたのか、磔柱を立てる穴も穿たれている。
 足軽たちがお恵の方を引き降ろす。
「うわっ! 臭えーっ!」
 地面に横たえられたお恵の方は、もう、生きた人形であった。
 股間は血と糞尿に汚れきっている。弛緩しきった下半身には、もう感覚がないのだろう。
 真由は川から水を汲んできて、お恵の方の下半身を洗い流してやった。
「あなたが悪いのよ・・・」
 汚れきった三角木馬の背も洗ったのは、お恵の方の名誉の為である。
 真由の怨みは、もう消えていた。
 お恵の方の眼差しにも、怨みがましさはなかった。
 お恵の方にしてみれば、真由の怒りは理解できる。
 その怒りも忘れて、自分に憐れみをかけてくれているのも解る。
 敵の中でただ一人、消えていく命を見守ってくれる人がいる。
 お恵の方にとって、それがせめてもの救いなのだろう。
 そんなお恵の方の心理も、真由に伝わってくる。
 二人は特に言葉を交わした訳ではない。
 それでも、初めて二人の心は重なっていた。