『葉月』………第1章「最初の脅迫」

 私立美坂(みさか)学園高等部に通う矢代葉月(やしろはづき)は、1年A組の中で、アイドル的な存在だった。
 黒く長い髪は日に照らされればそれこそ輝く様だったし、その髪が似合う整った顔は特に笑顔が入ると、男子はもちろん、女子も溜息をつくほどだった。
 そして美坂学園は学校としても有名で、その1年生にあって、葉月は1学期の期末試験でトップだった。
 期末試験も終わり夏休みに入った最初の1週間、A組だけ夏期講習の合宿が行われた。
 それはクラスの副委員である野島亜矢子(のじまあやこ)が提案し、葉月も賛成して担任の坪井信行(つぼいのぶゆき)に頼んで決まったものである。
せっかくの夏休みの1週間を潰されることにクラスの中で不満もあったが、それは亜矢子の根回しによって解消された。
しかしその根回しは、これからの葉月の高校生活を淫らな地獄へと変えるものだった。
 そして今、50人乗りのバスの中には40人のクラスメイトがいた。
 そのうち女子はたった10人だけである。
同じ学園の中には、男子だけのクラスが1クラスあり、つまりは、学園全体が共学ではあるものの、男子の方が多いのだ。
 これは学校の方針で、純粋に成績が上位の者を入学させた結果である。
 亜矢子の世代はどうしても男子の方が多くなってしまうのは仕方のないことが、それによって男子にとっては女子を彼女にするのは、なおのこと競争率が激しく、葉月の人気はとても高いものだった。
 山の中にある学園の施設はクラブの合宿のほか、こうして特別講習が行われたり、入学時には、オリエンテーションとして使われた。
 バスが到着し、待つ荷物を各部屋に置いてから、食堂で昼食の準備を始める。
 食事の用意には業者を雇うこともあるが、今回は急でもあり自活することも大切だということで、生徒が自分たちで炊事をする。
 みんなでわいわい言いながら、昼食のチャーハンを作るのは、これから1週間も昼間は勉強し、夜はミーティングをするような生活からすれば楽しいものだった。
 昼食も食べ終えて、後片付けが終わり、午後の最初の授業の準備をしようというときに、葉月は亜矢子に声をかけられた。
「矢代さん、ちょっといい?」
 亜矢子は副委員でもあるから、葉月は特に疑うこともなく、亜矢子に言われるまま、集会室についていった。
 集会室に着いて、亜矢子は葉月に携帯電話の画面を見せた。
携帯電話の画面には画質が悪くてちょっと見には分かりにくかったが、中学生くらいの少年が1人映って動いていた。
「ねえ、この男の子、和夫(かずお)くんじゃない?」と亜矢子が尋ねた。
 葉月の弟のことである。
「う…ん……、そうみたいだけど」
 亜矢子の意図が分からず、とりあえず曖昧に答えた。
 なにしろ、映像は鮮明ではないのだ。
 しかし葉月の言葉を肯定するように、亜矢子が言った。
「でしょう、やっぱり家族だよね」
 その意図が分からず、葉月は亜矢子が何を言いたいのかを尋ねる。
 すると、亜矢子の口から信じられない言葉が発せられた。
「これ、うちのコンビニで撮ったんだけど、万引きするとこなのよ」
「えっ」と葉月は驚いてもう一度、携帯電話の画面を見た。
 すると、確かに何かをポケットに入れるような仕草をしている。
 しかし、そもそも映像自体がハッキリしない。
 だがそんなことはお構いなしに亜矢子が言葉を続けた。
「実の姉が言うんだから間違いないよね。やっぱりちゃんと、警察に言っておかないと」
「ちょっと待って、和夫が、そんなこと……」
「でも矢代さんが確かめたんだから間違いないでしょう」
「でも弟が万引きなんて」
「じゃあ他の人にも確かめてもらおうか、矢代さんの弟知ってる人もいるし」
 待ってて確かめてみるから、と葉月は自分の携帯電話を取り出した。
「それでちゃんと自分がやったとを認めれば、警察に被害届も出しやすいし」
 そう言われて、葉月は固まってしまった。
 それに、弟になんて訊けばいいのかも思い浮かばない。
 とっさに葉月は、亜矢子に弱みを握られることを言ってしまった。
「このことは誰にも言わないでおいて、私が確かめてから」
「じゃあさ、ちょっと私のために聞いてくれる? 言うことを」
 何を頼まれるのか分からなかったが、今は言うことを聞くしかないと思った。
 しかし、亜矢子が言った頼みには、葉月は驚いたし、躊躇するしかなかった。
「ちょっと午後、下着を借りたいんだけど」
 まさか亜矢子が下着を履き忘れたなんてこともないだろうし、いったいどういうつもりなのか。
 でもまあ、自分が履いてないのを貸すだけならば、そう思ったら、亜矢子はさらにとんでもないことを言う。
「今履いてるのここで脱いで」
「えっ……、ここで?」
「矢代さんに、ちょっとノーパンになってもらいたいの」
「何でそんなこと……」
「矢代さん、頭も良くって、美人だしね。ちょっと困るところが見てみたいんだ」
 そう言って、亜矢子は意地の悪い笑顔を見せた。
 まずい、このまま従ったら、次には何を要求されるか分からない。
 もちろんそう警戒したが、ここで断ってさっき言っていたように、本当に和夫の姿をほかの人に確かめられて弟だと断定されたりしたら。
「ほら、授業が始まっちゃうから早く脱いで」
 葉月は静かに後ろを向いて、制服のスカートの中に手を入れると、おずおずと下着をおろしていった。
 思わず、自分で下着が汚れてないかを確かめながら、足首から外していく。
 そして、指先に摘んで持った。
「……これでいいの…?」
 亜矢子はその下着を取り上げ、
「じゃあこれ夕食まで借りておくから。途中で新しいの履いちゃ駄目だからね」
 そう言うと亜矢子は、さっさと先に授業のある講習室へ行ってしまった。
 結局葉月は、さっきの映像が本物なのか、亜矢子の本当の意図が何なのかを確かめられないまま、授業に出席するしかなかった。
 スカートの下に下着を履かないままで───。

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