自己紹介を兼ねまして私のSMの経緯を簡単では御座いますが紹介させていただきたいと思います。

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はじめまして、このたび国民登録していただきましたサリーです。
どうぞ宜しくお願い致します。
二十歳の時、当時流行っていた伝言ダイアルでご主人様を募集しました。沢山の方のご応募を頂きましたが、その殆どはSEX目当ての方ばかりでした。しかしその中の一人に目が鋭く関西弁で恐そうな方(実際恐い方でした)がいらして、会う事にしました。待ち合わせにはして下着を着けずにブラウスとミニスカートだけを穿いて来るようにいわれました。しかしその日は少々肌寒かったのでカーディガンとパンストをはいていきました。待ち合わせ場所に現れたのは5人の男性でした。戸惑っている私を5人で取り囲み、カーディガンとパンストを穿いている事を叱られその場で脱ぐ様に言われました。脱ぎ終わると今度はスカートをめくるように言われました。剃毛しているかの検査です。私はスカートを捲り皆さんに見えるようにを開いて一周回りました。それからブラウスの前を開いて他に何も着ていない事を証明しました。そしてを付けられ後ろ手に手錠をされてつれていかれました。それから3日間、彼らの凌辱、を受けました。その中に関西弁の方がいて私はその方のになりました。その時、にサインしました。それから奴隷契約書は何度も新しく書き換えられました。参考までに一番新しい奴隷契約書の写真を添付します。
ご主人様は冷酷非情、とても恐い方でした。1対1での御調教の時もありますが複数での御調教の時もありました。ご主人様の恋人や他の奴隷さん達と一緒の時もありましたしご主人様の恋人のイライラ解消、欲求不満の捌け口にされる事もありました。
ご主人様にお金を貢ぎました。また24時間奴隷ですので普通の仕事も出来ませんでした。昼間はいつでも辞めれるバイトをしながら夜働きました。はじめはスナック、キャバレー、それからアルサロ、ヘルス、ソープ、デートクラブ、派遣型クラブと働きました。最後はデートクラブとSMクラブを掛け持ちしました。特に派遣型SMクラブでは指名を取るために何でもしました。NG無し本番有りで頑張りました。それでもご主人様の心を繋ぎ止める事は出来ませんでした。
御主人様にお会いしていない時など普通の生活もしていました。実家に住んでいましたが家族に言えるわけありません。当然、借金も増えていきました。定職が無いのですから借りるのは町金、闇金です。恐い取立てにもあいました。期限延長のため身体を提供もしました。それでご主人様の呼び出しに応じられない事もありました。ご主人様に話しました。でも許していただけませんでした。厳しいもさrwました。そしてついに・・・
私は売られました。それが奴隷の宿命だと説得され、競売にかけられ売られました。新しいご主人様はとても優しい方でした。でも私は病魔に侵されてしまいました。うつ病です。何度も自殺しようとして手首を切りました。でも死ねませんでした。その結果、幸か不幸かご主人様からは解放していただきました。それから何度も入退院を繰り返し、今では完全に治りました(自分ではそう思っています)
病気のことも有り自分を見つめなおしました。嫌なことに蓋をするのではなく正面から向き合っていくことが大事だと思いました。自分がであることに変わりはありません。でもそれをひたすら隠すのではなく、こういう場でお話することで心が放たれるような気がします。どうぞ宜しくお願い致します。

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