霧の小十郎は、台所の床下にいた。
夕刻、真由が現われなかったから、忍び込んだのである。
(今日は手が離せないのかも知れないな・・・)
一瞬そう思ったが、顔も出せないとは? 小十郎はイヤな予感がした。
真由が忙しい時には、紙片だけ渡して逃げるように離れていったこともある。
(あの距離だから、いくら忙しくてもそれ位は可能なはずだ)
そう考えて、台所に忍び入ったのである。
「あの真由さんがねえ・・・」
「でも、本当に何かを探ろうとしていたのかしら?」
「真由さん仕事が丁寧だから、仕種を怪しまれたのかも知れないわ・・・」
「それにお局さまも、妬んでいたようだし・・・」
女たちの仕事の合い間の雑談で、真由がのっぴきならない事態に陥ったことが判る。
それでもまだ、間者であることが露見した訳ではないようだ。
真由を強引に救出することは、不可能ではない。
但し、強行すればこの仕事はここまでだ。決定的な事態となる。
ここは真由にもう少し頑張ってもらうしかない。
小十郎はそう判断して、黒鷹城を去っていった。
真由は相変わらず、牢の中に放置されたままだった。
外の様子こそ判らないが、もう日が暮れてから大分経つはずだ。
(自分は疑われている訳ではないのでは?)
真由は静かな時間の流れの中で、そう考えてもみた。
しかしあの残忍そうな弾正のことだ、娘一人の命など、何とも思わないだろう。
(疑わしいというだけで、処刑されてしまうかも知れない)
真由は、最悪のことを考え始めた。自分は囚われの身なのだ。
(何とか脱出しなければ・・・)
この牢さえ抜けられれば、何とかなる。
外に出ればすぐ土塀があるが、それ程高い塀ではない。
乗り越えさえすれば、その先は山であり、林に逃げ込める。
真由は脱出の機会を探り始めた。
しばらくすると、牢番の親爺が見廻りにやってきた。
「あっ、ああ・・・苦しい・・・、おじさん・・・」
「やっ? どうした、どうしたんだ?」
人の好さそうな牢番が、格子に近寄って中を覗きこんだ。
「持病の癪が痛みだしたんです。ここを強く押してもらえませんか」
真由はみぞおちを押さえながら、格子にもたれ掛かった。
「女の力ではあまり効かないんです。おじさんの力を貸してください」
「よし判った」
牢番は左手を格子の中に入れて、真由の背中を下から支えるように抱えた。
そして右手もみぞおちを押すために、格子の中へ入れた。
初老の親爺にとって、若い娘の体に触れることなど、もう何年もなかったことだろう。
案の定、真由の乳房の下あたりを、まさぐり始めた。
「あ、あの・・・、もっと下です」
普段の真由なら、男の手を払いのけていたであろう。しかし時が時である。
牢番は真由にうながされて、みぞおちに掌を当てた。
「もっと強く押してくださいませ。力いっぱい・・・」
「そうか? よし、それ! うーむ・・・」
親爺が渾身の力を入れて押し、息を吐き尽くした時、真由のこぶしが突きを入れた。
今、真由が押してもらっている所と同じ部位、みぞおちである。
親爺はたまらず、息を詰めた。
「うっ? うーん・・・」
真由は、牢番の腰に下げてある鍵を取り出し、牢の錠前を開けた。
牢から抜け出した真由は、板戸から首だけ出して、外の様子を窺ってみる。
誰もいない。
真由は縁から、地面に跳び降りた。
そして塀に向かうべく、縁側に沿って曲がった。
「!・・・」
そこには、お恵の方が立っていた。
黒装束の配下二人を従えて、待っていたのだ。
真由は逆方向へ逃げようとしたが、そちらからも黒装束三人が現われた。
「やはり、くノ一だったわね」
罠だったのだ、あの牢番は。
真由はあっさり取り押さえられて、また、元の牢へ戻された。
翌朝、弾正とお恵の方の前に、村瀬勘十郎が呼び寄せられた。
「勘十、あのくノ一、真由をどう致す?」
弾正は真由の体に執着していた。それだけに複雑な心境だろう。
「はっ、くノ一ともなれば、責めても口を割りますまい。一応は取り調べますが、無駄骨となれば処刑致します。骸を晒してやった方が、相手の動きが判り易いと考えます」
勘十郎も元々忍びだけに、忍びの思惑はある程度読める。
順当な処置と思えるが、お恵の方が口を挟んだ。
「兄上、わたしに責めさせてもらえませぬか?」
「ん? それは構いませぬが、お方様もくノ一の責めが無駄なことは、よくご存知のはずですが」
「わたしに考えがあります。二、三日預けてくだされ」
「それならば、よしなに・・・」
夕刻、弾正は酒を呑み始めていた。
いつものように、そばにはお恵の方がついて、相手をしている。
「お館さま、真由にご執心だったようですけど、もう無理でございますよ」
「それは判っておる」
弾正は不機嫌な表情になった。
お恵の方に、下心を読まれていたことは判っていたが、図星を指されては面白くない。
お恵の方にしても、弾正を不愉快にさせる為の発言ではない。
充分に計算しているのだ。
「真由の責められている姿、ご覧に入れましょう」
お恵の方の瞳が、妖しく光った。
「な、 何と?・・・」
城主たる者が、間者の拷問に立ち会うことなど、まずない。
拷問される者が美しい女であれば、その情景を見たいと思うのは、男の本能だろう。
しかし城主の立場では、それは口にはできない。
お恵の方も、その辺を充分に心得ている。
「真由は、お館さまをもたぶらかそうとした女です。お館さまに成り代わってわたくしが折檻してみせます」
拷問蔵では、もう真由の拷問は始まっていた。
真由は腰巻き一枚にされた身を、後ろ手に厳しく縛られうつ伏している。
激しくムチ打たれた後だった。
肩から背中にかけては、ミミズ腫れが走り、所々血が滲んでいる。
「しぶとい女じゃ、声も上げんとは。今度は容赦せぬぞ、石を抱かせてやれ」
真由の体は引き起こされ、そろばん台の上に乗せられた。
腰巻きの裾を捲られて、正座させられたスネには、責め山が食い込む。
それでも真由は、呻き声一つあげず、歯をくいしばっている。
「その強がりもどこまで持つかな? 石を乗せろ」
おもそうな平石を、雑兵二人掛かりで運んできた。
その重石は、正座した真由の太腿の上に、当然のように下ろされる。
その石の重さは、真由のスネが一番よく解る。
「うっ・・・」
真由は小さく呻いたが、それでも弱音は吐かない。
だが歪んだ表情と、後ろ手に括り合わされた手首の悶えが、その苦しみを証明している。
「どんな情報をどこに流したのじゃ。吐いてしまえ! どうせ白状することになるんだ。痛い思いは少ない方が身のためだぞ!」
侍大将のような男が、声荒げた。
(こんな小娘ひとりくらい・・・) そう思っているのだろう。
真由の脳裡には、幻舟斎の言葉が浮かんでいた。
(石になって耐えるのじゃ)
重石は二枚目、三枚目と積まれていく。
(わたしは石なんだ・・・、石なのよ・・・)
その思いだけが、真由の気力を支えていた。
霧の小十郎は、蒼月城に戻っていた。
黒鷹城内のいきさつを報告する為である。
間者として送り込んだくノ一が発覚したことを、包み隠さず説明した。
失敗を糊塗するような報告をすれば、今後の作戦に過ちを招くかも知れないからである。
「私が急がせたのが、間違いでした」
小十郎は、自分の責任であると詫びた。
「もうよい、遅かれ早かれこうなることは予測していた。もう後へは引けぬ。それには機先を制すべく、すぐにも城攻めとなるであろう」
「それなら私にも、忍びとしての案がございますが」
「うむ? 申してみよ」
「はっ、小さな城とはいえ、まともに攻め入ろうとすれば、兵の消耗は少なくありません。ここは城からおびき出して、野戦とする方が得策かと・・・」
「うむ、我々もそう考えておる。何かよい手立てはあるのか?」
「我ら忍びの手で、城内に煙を充満させます」
「城内に忍び入り、火を掛けるのか?」
「いいえ、煙のみ使います。火を掛ければ、すぐに発見されてしまいます。
煙だけでは火元が判らず、かえってあせりを誘います」
「その揚げ句、城を捨てて討つて出る、というのだな」
「城内が騒がしくなれば、火矢の一本も撃ち込んで頂ければ・・・。城の焼失よりも、敵と闘う方が先決となりましょう」
「うむ、解った。城内の処置は、その方らにまかせよう」
その夜、蒼月城では主だった武将が集まり、軍議が開かれた。
明日一日で兵力を整え、明後日城攻め決行、との結論である。
軍議の結果は小十郎にも伝えられ、城攻めの一翼を担うことになった。
翌日、小十郎は仲間を集め、黒鷹城めざして出発した。
小十郎の他は、伍兵、土竜の源助、若者二名と総勢五人である。
当サークルは、変態紳士と変態淑女の性的な欲求不満を解消するために、活動しています。